
STORY
STORY
2025.09.18
(代表 小泉祥一 写真:右)
「重度の障害があっても、人として当たり前に働いて生活費を稼ぎたい」
養護学校時代に出会った健常者の仲間と1982年に、豊能障害者労働センターを立ち上げました。
(副代表 新居良 写真:左)
もともと研究者を志していましたが、体調をくずし進路を模索しているときに、障がい者と共に働く仕事に出会いました。障害を持つ仲間の解き放っていくエネルギーに、こういう人たちと一緒に働けたら幸せだなと思いました。
(小泉)
私は、今でも、各お店の集金などで、電動車椅子で街中を走りまわっています。
通勤時の駅や銀行でも、みんな、自然と私とかかわり、サポートもしてくれます。障害者と一緒に働いてください。別に、特別なことではありません。
(新居)
かつてWBCで活躍した日本チームの栗山秀樹監督は、「選手の『らしさ』というのは、ベースにあるのは人間だと思うんです。その人そのもを生かしてあげるというベースがあれば、何かが生まれると思っている。監督とは、『人生かし』だと思っています」と語られました。「人と人がお互いに生かしあう働き方を作ること」これが、私たちの時代のキーワードだと思います。
私たちは、そのことを障害のある人とない人がともに働くことから学んできました。そして、その積み重ねによる『人生かし』の豊かさが私たちの職場には溢れていると思います。全国から送られてくるたくさんのリサイクル用品もその一つです。
決して、自慢しているわけではありません。むしろ、謙虚さが求められる職場です。私たちは、みんなで、働いて、みんなで、経営する組織のあり方を目指しています。もちろん、特別なことを求めているわけではありません。しっかり働いて、しっかり休んで、振り返る余裕を持って、人も自分も生かしていける職場を、私たちと一緒に作っていきませんか。